2016年4月20日水曜日

BUENA VISTA




*パンプローナ動物公園で 可愛く整列


お久しぶりでございます。
現在、スペイン19日目
サンセバスチャン15日目で
学校が始まって2週間が過ぎたところ。

日本は大変になってしまっている模様。
SNSも錯乱状態で何がなんやら
わけわからんが、
できることは
僕は僕の道を進めと。


この約2週間にいろいろと。
旬を味わい
写真を楽しみ
(自分の中で)世界一のチーズを
溢れんばかりに頬張り
激うまワインを現地で飲み
挙げ句の果てには

生ハム原木を1脚買う始末。
これはさすがに出国前の自分も
予想していなかった。

が、切る練習然り、
本場の味を知り尽くすという意味では
これ以上ない体験をできていると思う。

今回はエポール(epaul)といって
肩の部位な為
やはりハモン(jamon)もということで
2脚目も検討中。






ただ、滞在期間としては
当初1月帰国の予定が
経済的な問題から10月o11月
帰国になるであろうかと。
(もし経済的な工面もしくはスペインで仕事など
紹介していただけると飛びつきますがw
クラウドはまだ先かなと...)

挑戦できることは全部して帰るつもりだから
満足できるまでは絶対帰んないんだけどね!

en san Sebastián



サンセバスチャンはシェアアパートを借りてて
学校にもいろんな国の人がいるんだけど
文化はそれぞれだし
年齢によっても異なる部分もあって。
生まれ育った環境でも全く違うのであって。。



良し悪しもそれぞれで
いろいろギクシャク?(勝手に内心で?)する部分もある.

これもposiで見れば日本国内では味わえない感覚なのかと
今、書きながら思う。。。


そうは言うものの、
1,2週間の短期はさておき
それなりの期間仕事を辞めて留学する奴なんて
何かしら変な部分はあるに違いないと
食ってかかる自分もいる。
だって我そうなんだもん。


けれど、そういうものが多少違えど
美味しいものは
美味しく感じる
美しいもの然り。


そいう意味で
創り出すという行為は人を魅了できる。

創り出さずして、佇む
自然は更に偉大か。。。


軸がブレかけたから
こうして補正をかける。
SNSはその補正作業に
もってこいだと僕は思ってたりする。

自分がしたい事を
流されずに貫くために。


スペインはやっぱり大好き
人も文化も食も。


すごく清々しい。

笑顔。大事!





*パンプローナ動物公園で 白は初!


*↑バルセロナ市内


*↑バルセロナ市内


2016年3月21日月曜日

viaje y aprender



突然だけれど、3月31日から9ヶ月ほどスペインへ。
ドバイ経由のバルセロナで4月を始めて
パンプローナを経てサンセバスチャンで9月末まで。
その後は10月はナバーラ、リオハ。
11、12、1月はガリシア州へ行く予定。

やれることを
やれるだけ。


2015年5月19日火曜日

Cultivate the excellent talent





本はなぜ
こんなにも気高く
崇高であるのに
無口に熱く語るのか


惹き込まれるではないか…





休みの日
いくら時間が無くても
必ず本は触る。
もはや背表紙を撫でる
言っておくが、そこにイヤらしさはナイ




そうして英気を養う

今日を生きる希望を
夢を妄想を肥大化させるのだ。

男なんて永遠ロマンチスト

打たれる杭になればいい






昨夜の帰路はこれでもかって大雨
自転車に乗る茄子は
紛れもなく川を登る鮭であった

だが楽しかった。
誰しもが車に逃げ込み移動するなか
ただひとり自転車で駆け回る
岐阜は歩いてるヒトも
自転車も本当に少ない。

反抗的な性格なのは認める

比喩ではなく
まさに水を得た魚であった。


冒頭の本にもどる
昨今の本に対する欲求に伴って
本棚も増設予定だ。








2012年に初めて購入したmy本棚
積もり積もって本は溢れていつしらず。

雑誌もすべて片付ける予定
乞うご期待。





2015年4月21日火曜日

put one's heart and soul into...


「魂入ってるね」
と言われたことがあるだろうか。
僕は昨日、常連さんに不意に言われ
一気に高まった。

昨日は凄い雨だった。
気まぐれな温帯低気圧が流れ込んだ所為だろう。

じめっとした豪雨

車まで荷物を積み込みながら
お客さん「今日も自転車?」
茄子「もちろんカッパで!びとびとですけど…」
お客さん「さすがに雪の日は車とかなの?」
茄子「自転車です」
お客さん「魂入ってるね。車は乗らないの?」
茄子「車の運転は大好きなんですけど、今は貯金中で…」
お客さん「いいねぇ。熱いね!じゃあまた」



その日の帰路
自転車に跨がりながら思った事
この1年間続けたのは自炊と自転車通勤であると。
外食の時もあったけれど
通勤は100%自転車だ。
これは間違いない。胸を張れる。
お陰で脚はまっちょだ。
昨日もずぶ濡れだ。


ただそこに魂入ってるのではなく
すべての根源である
自己投資
いわば自己満足に魂が入っていると思う。


今は頑にケチって、近々すべてを自己投資する。
大切なのはお金ではない。
自分が行動して何を見たか
感じたか。何をしてきたか。
そのためには少しばかりの資金が必要だ。
これは自己投資であり
結果自己満足になる。

肯定されようが否定されようが
結局は自分の人生1度きりなのだ。
できる事は沢山ある。


2015年4月17日金曜日

On Our Way


かなり久々である。
職場のPCがwinであるから、久々にmacのキーに困惑。

仕事はそれなりに順調。
意味の無いブログを投稿するのは
(仕事もプライベートも同じか…)

ワインも沢山飲んでる。
ご飯も毎晩山盛りだ。
チャリはよくパンクするけれど
僕と共によく闘ってくれている証拠だ。

図書館で過ごすのはやはり良い。
勉強しながら妄想を膨らます。
膨らみすぎたら風船みたくぷかぷか浮くのが常。
盛者必衰のこの世であるから
浮いてる間に撃ち射て
行動に移さねばならん。


そう思うと今が一番ワクワクしてる時なのかも。
大失敗してもいいやって思える歳
ってのがキーなのかもしれないけれど
別に無一文になったらダメって法律も約束も無い。
世間体がってのも言い訳。
僕は何歳になっても僕であって茄子であるから

生涯夢見る少年でいいと思う。
当然リアルに生きてるのだから
表との接触は役回りを弁えるのは当然だけど
内に秘めた熱いものは絶やしたくないな。
モヤモヤしたままだけど
それはそのままモヤモヤでやってみて
成ったものが成果だと思えば良しではないだろか。

そう言って自分を納得させる。



近頃よく思う事。

知らないことが多すぎて
タイヘンだということ。


"知らなかった"で済むのか。
"知ってしまった"or"知った"
からそれを考慮した上で
行動すべきなのか。

例えば
自分では唯一のレストランだと思って
広告、告知して営む。
後にもっと前から同じようなものが
あって真似、パクリだと言われる。

このようなことは日常茶飯事であると思う。

こんな場合、知らなかった当事者が
知るべきだったのか。
知らなかったで済むのか。



要は知ってる(知ってしまった)事
が多すぎるとそれを頼れる反面、縛られるという
パラドクス的なことが起こりはしないかと。


まあどうでもいいけど。



よーし、図書館から本屋行って
自転車乗り回してきます。